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熱分析アプリケーションマガジン UserCom 25 (日本語版)

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UserComは、熱分析に関わる研究者向けのアプリケーションマガジンです。​

熱分析 UserCom 25(日本語版)
熱分析 UserCom 25(日本語版)

熱分析 UserCom 25内容

TAのヒント

  • 正しいベースラインの選択

アプリケーション

  • TGA を用いた潤滑剤のNoack 蒸発減少測定
  • 熱分析による多形体の特性
  • TOP-PEM による溶融過程の解析
  • 熱重量分析法によるデリバリシステムの特性把握

ヒント/ノウハウ

  • DSC における微弱な反応の検出と評価

TGA を用いた潤滑剤のNoack 蒸発減少測定

品質および環境への影響の考慮から、エンジンその他のアプリケーションで使用される潤滑剤は低い蒸発速度を明示することが求められます。オイルから揮発成分が失われてオイルの粘度が大きくなると、オイルの消費量が増えるばかりでなくコーキングや磨耗の増大にもつながります。潤滑オイルからの蒸発減少を測定する標準試験法として広く用いられているのが Noack 法です。ILSAC GF-3 および API-SL 仕様によれば、蒸発減少は 15% を超えてはなりません。

潤滑オイルの蒸発減少測定を規定した ASTM の標準試験法 D6375(Noack 法[1])は熱重量分析(TGA)を使用しています。この方法を使用することにより他の標準試験法(ASTM D5800 [2]、DIN 51581-1 [3]、JPI-5S-41-93 [4])と同じ結果を得ることができます。本レポートでは Noack 法による蒸発減少測定を、標準オイルサンプルの TGA 測定と比較しながら説明します。

はじめに

潤滑剤の使用寿命を延長し、さらにオイルの循環速度を速く、交換周期を長く、オイル消費量を低下させようとすることは、すなわち潤滑剤がより過酷なストレスに曝されることを意味します。また、より少量のオイルをより高い温度で使用して高性能を発揮させようとすれば、それだけ潤滑剤の性能と品質に対する要求が厳しくなります。潤滑剤の適正使用を実現されるためには、潤滑剤の仕様と分類が適切に設定されていなければなりません。

潤滑剤の仕様は、粘度や蒸発減少、せん断安定性などのエンジンオイルが備えるべき物理特性を規定するものです。エンジン試験では性能面での挙動もテストの対象となり、たとえば磨耗保護機能や清浄性、燃料消費量への影響、運転中に粘度が変化(濃縮)することによるエンジンオイルの特性変化などが測定されます。潤滑剤の分類は ILSAC、API、SAEなどの組織によって行われます。(略語一覧表参照)。

一般的に使用される仕様項目の 1つが蒸発減少です。オイルに対する熱応力が強くなってゆくと、エンジンオイルの低分子量成分が蒸発してゆきます。 このような低分子量成分には異なる鎖長と分子量をもつ様々なタイプの炭化水素が含まれています。低分子量成分が減少すると一般的に潤滑剤の粘度が高くなり、それと同時に、ベースとなるオイルに加えられた添加剤の溶解度が影響を受けます。

高温で使用されるすべての潤滑剤グループ(合成オイルについても同様)にとって蒸発は非常に重要な要素です。エンジンオイルを例にとると、蒸発減少は高温に曝されるピストンリングその他の部位で発生します。このような減少により好ましくないオイルの濃縮が起こり、さらにオイル消費量も増加します。

[…]

API: 米国石油協会
ASTM: ASTM International、当初は米国材料試験協会として知られていた
DIN:ドイツ工業標準規格(ドイツ標準化協会)
ILSAC: 国際潤滑剤標準化・認定委員会
JPI: 日本石油協会
SAE: SAE International、自動車技術応用協会

文献

[1] ASTM D6375 Standard Test Method for Evaporation Loss of Lubricating Oils by Thermogravimetric Analyzer (TGA) Noack Method.
[2] ASTM D-5800 Test Method for Evaporation Loss of Lubricating Oils by the Noack Method.
[3] DIN 51581-1, 2003-02 Determination of the evaporative loss of petroleum products by the Noack method – Part 1 (original in German).
[4] JPI-5S-41-93 Determination of Evaporation Loss of Engine Oils (Noack Method).

熱分析による多形体の特性

TGA-FTIR を使用して異なる多形体の区別と特性把握を行いました。固体に 2 種類の多形体が存在し、ほぼ等しい温度でその一方の形態が溶融して他方が昇華または蒸発する特性を持つとした場合、発生するガスを分析することによって定量的(質量減少)データと定性的(スペクトル)データを取得して、このような固体の解析に役立てることができます。図 1 に示す 2 種類の薬学的に重要な化合物、すなわち薬理有効成分(API)である塩酸ベンラファクシン(venlafaxine hydrochloride:構造1)と、母材としてよく知られている 1,1-bis(4- hydroxyphenyl)cyclohexane (構造 2)に DSC、TGA、高温顕微鏡(HSM)およびTGA-FTIR を適用して、加熱により起こる相転移の研究を行いました。ある物質が 2 種類以上の形態の結晶格子として存在できるとき、その物質は多形性を示すと言われます。このような物質は多形体と呼ばれ、異なる複数の物理特性値を持ちます[1]。

図 1.Venlafaxine((±))-1-[2(dimethylamino)-1-(4-methoxyphenyl)ethyl]cyclohexanolhydrochloride (構造 1) および1,1-bis(4-hydroxyphenyl)cyclohexane(構造 2)
図 1.Venlafaxine((±))-1-[2(dimethylamino)-1-(4-methoxyphenyl)ethyl]cyclohexanolhydrochloride (構造 1) および1,1-bis(4-hydroxyphenyl)cyclohexane(構造 2)

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文献

[1] W. C. McCrone, in Physics and Chemistry of the Organic Solid State, Vol. 2, D. Fox, M. M. Labes and A. Weissberger (Eds.), Wiley Interscience: New York, 1965, pp. 725–767.

TOP-PEM による溶融過程の解析

本稿では TOP-PEM を使用して溶融過程を解析するために必要な条件について考察します。これらの条件が満たされるならば、可逆熱流量は平衡条件下での過程を測定し、非可逆熱流量は過冷却や過加熱が係る過程を測定します。このように分けて考えることにより、溶融過程の分類と、それぞれが異なる安定性を持つ結晶構造の差別化が容易になります。

はじめに

温度変調 DSC(TMDSC)を用いて溶融過程を測定してそのデータを解釈することは、現代の熱分析における最も要求の厳しい作業の 1 つです。科学文献に掲載される多数のアイデアや提案の中で厳しい解析と批判に耐えて生き残るものが少ない理由もここにあると思われます。このような事情にも拘わらず、TMDSC は溶融挙動についての注目すべき重要な、そして他の手段では得がたい情報を提供する能力を備えた分析法です。

参考文献 [1] で詳しく考察されている溶融挙動の基本原理からスタートして、本稿の著者らは適切な例を援用しながら TOP-PEM を用いてどのような溶融挙動研究が可能であるかについて議論します。

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文献

[1] J. Schawe, UserCom 24, 11.

熱重量分析法によるデリバリシステムの特性把握

はじめに

当然ながら「良い」香水には心地良い、特有な香りをもたらすことが期待されます。それと同時に、知覚可能な芳香ができるだけ長い時間留まり、しかもその強さのレベルが一定であることが望まれます。この理由により、香水に含まれる芳香成分は最近ではデリバリシステムと呼ばれるカプセルに封入されています。こうして芳香の放出をコントロールすることにより、香水への感覚をその強さと持続時間の両面で最適化することができます。

適切なデリバリシステムを用いて芳香をカプセル化することは香水を有効に使用する上での重要な課題です。

非常に多数のキャリア候補の中から最も適したデリバリシステムを特定するためには、個々のデリバリシステムの安定性と芳香放出性能を迅速に解析できるスクリーニング法が必要です。熱重量分析(TGA)はこの目的に適した優れた分析法です。本稿では、異なる 3 種類のデリバリシステムからの Romascone® の放出を熱重量分析法を用いて研究しました。 Romascone® は女性用の香水で使用される芳香剤です。対象としたデリバリシステムはいずれも架橋酢酸ビニルをベースとする3 種類のタイプの異なるポリマーナノ粒子を使用して構成されています。

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ノウハウ